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海洋内部で発生する波~内部波~

内部波とは?

葛飾北斎「神奈川沖浪裏」

 内部波とは一般的には聞き慣れない言葉ですが、私たちの生活する大気の中や身近な湖や海中で普遍的に発生している現象です。水面で発生する波は容易に想像がつくと思います。水面で発生する波は、水と空気(大気)を境界に発生する波であり、もう少し具体的に説明すると水と大気の境界面で重力を駆動力として発生する波です。空気より重たい水は大気の下に、そして空気は水の上に存在します。外から力が加えられることなく水面が水平的に高さが一様であれば何も起こりませんが、一度海面が揺らされると水面に波が現れます。ここで波を発生させる要因となるのは、重力と空気と水との密度差です。同様のことは油と水でも発生し、ガラスの中に入れられ置物などとしてよく売られていいます。水も水温や塩分の違いによって同じ水でも密度差が生じます。この密度差によって水面の波同様に、異なる2つの密度の水の境界面を波が伝搬します。

 Video.1には長さ100m高さ15mの大きな水槽に上層に水温16℃下層に水温15℃の水が存在し、初期状態として水温の境界面が右肩下がりに傾いている状態から2つの水温の水がどのように振る舞うかを示しています。水槽全体に2つの温度の水を境界にして波が発生していることがわかります。これが「内部波」です。水面で発生する波と同様な現象に見えると思います。


Video 1. 2層の水温成層を仮定した内部波数値実験(小さい境界面の傾き)

 それでは次に初期の境界面を少し大きくしてみましょう。Video2ではVideo1に比べ初期の傾きが大きく、振幅の大きな波が発生していることがわかります。それより、波だけでなく、小さなぐしゃぐしゃした擾乱が発生していることがわかります。この状態は上に示している有名な葛飾北斎の波の絵にあるような波の砕波を示していて、海面波同様に砕波が内部波でも発生していることがわかります。


Video 2. 2層の水温成層を仮定した内部波数値実験(大きい境界面の傾き)

 次にVideo.3に極端な例を示します。水槽の左半分に水温15℃、右半分に水温16℃の水を初期状態として仮定します。Video1及び2同様に大きな波が発生しますが、波というより擾乱現象(乱流)というふうに見えるかもしれません。このような現象は乱流とも呼ばれれますが、内部波によってもこのような現象が発生します。このような現象を伴う内部波を非線形性の内部波と呼びますが次節で解説します。例えば、水平的な密度差が大きい淡水と海水の境界が存在する河口付近ではこのような現象が発生することが予測できるでしょう。

 水面で発生する波と大きく異なる点は、異なる密度の水は混ざることができるということです。水と空気は混ざることができませんが、暖かい水と冷たい水は同じ水同士なので混ざることができます(厳密には水と空気もガス交換を通して混ざることが、流体における混合とは議論が異なるためここでは触れない)。Video.3に示すように2つの温度の水が混ざり中間的な水(黄緑色の水、水温約15.5℃)が発生していることがわかります。よって内部波は海洋や湖沼中で水を混ぜる役割があります。


Video 3. Lock exchnage数値実験

海底斜面を伝搬する非線形内部波 増永英治

非線形内部波とは?

 海洋の中で発生する内部波は目には見えないため感覚的にはわかりづらいですが、海洋現象の中で最も強いエネルギーを持った現象の一つです。特に沿岸海域では、波が非線形性を強め砕波を発生させ強い物質の輸送を引き起こしたりします。非線形性が強い内部波とは、一般的に簡単な線形理論では近似できないような波のことを言います。簡単に言えば、単純なsin波で近似できるような波を線形内部波といい、海の沖合でうねっている海面の波は線形性の波といっても良いでしょう。一方、海岸近くでサーファーが乗っているような渦を巻くような波は単純なsin波では表現するのは不可能であり、このような複雑な形をしている波を一般的に非線形性が強い波といいます(厳密な定義は異なります)。

Figure 1. 斜面上を伝搬する
内部波の模式図

 海面で起こる波同様に、海の波部の密度差を境界にして発生する内部波も浅い海域に伝搬すると同時に非線形性を強めて砕波を引き起こします。この内部波の砕波が起こる時に強い混合や物質の輸送を発生させます(e.g. Cacchione et al. 2002, McPhee-Shaw et al. 2004, Masunaga et al.2015)。沿岸海域斜面を伝搬する内部波はFigure.1のように海底斜面を舐めるように伝搬し、また波の先端部分(bore head)が海底の底質を削るように伝搬するといわれています。海洋で発生する内部波は主に月や太陽の引力(潮汐)によって発生するため、おおよそ12時間や24時間周期で発生するといわれています。内部波は海洋内において水平方向の物質輸送を促進すると考えられていて、非線形性の内部波によって引き起こされる水平方向の物質の輸送は海面からの鉛直的な物質輸送よりはるかに大きいといわれている (Van Weering et al. 2001, McPhee-Shaw et al. 2004 and 2006)。よって内部波によって発生する物質の輸送は、沿岸海域の海洋環境を把握する上で非常に重要であると言えます。

岩手県大槌湾において観測された非線形内部波 増永英治
共同研究者: 山崎秀勝(東京海洋大学)

 海中で発生する非線形の内部波を調査するために、岩手県大槌湾においてYODA Prfoiler(Masunaga and Yamazaki, 2014)を用いて観測を実施した。YODA Profilerは沿岸海域の物理構造を詳細に観測するために開発された観測装置である。観測の結果、大槌湾内海底斜面上を伝搬する非線形内部波を観測することに成功した(Figure. 2, 3)。観測海域内で内部波の鉛直振幅は20mに達し、強い底質の巻き上げが内部波先端で発生していることが明らかとなった。湾内での内部波の発生はM2潮汐(12.42時間)に近い周期で発生していたが、内部波の伝搬速度が密度成層や海流によって変わるために完全に潮汐周期とは一致していなかった。

Figure 2. 大槌湾内で観測された水温。 (a) 内部波伝搬前 (b)内部波伝搬中. (c) に観測期間中の潮位変化を示す(2012年9月27日)
Figure 3. 大槌湾内(水深20m)で観測された水温(黒色線) と潮位変化 (灰色線).


 大槌湾において観測された濁度分布から伝搬する非線形内部波が非常に強い底質の巻き上げを引き起こすことがわかった(Figure. 4)。さらに巻き上げられた底質は水温躍層(水温が鉛直的に急激に変化する層)に貫入し、中間高濁度層(Intermediate Nepheloid Layers, INLs)と呼ばれる層を形成していた。INLsは沿岸海域で頻繁に観測され、沿岸海域の生態系に非常に強く影響していると考えられている。

Figure 4. 大槌湾内で観測された濁度分布 [FTU]。 (a) 内部波伝搬前 (b)内部波伝搬中.