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ツバル国フナフチ環礁ラグーン内の汚濁物質輸送シミュレーション 小池海

研究の背景・目的


 ツバル国フナフチ環礁では,近年人口の増加や経済成長に伴う環境への負荷の増大が問題視されている.中でも,人口が集中するフォンガファレ島において下水処理施設の整備不足により発生した汚濁物質が,潮汐に伴う地下水変動に応じて,ラグーン海岸に流出していることが明らかとなっている.環礁の地形的特徴として,一般的にラグーンは数十m~数百mの幅で拡がっている水深数m以下のリーフフラットと呼ばれるサンゴ基盤で囲まれており,その基盤上に有孔虫やサンゴ片から成る環礁州島が形成されている.ラグーンと外洋との間での海水交換は,環状リーフ間の切れ目や州島の形成がないリーフフラットなどにごく限られている.したがって,ラグーンは外洋から隔離されており閉鎖性が高く,海水交換が活発に行われにくい海域である.流出した汚濁物質は,環礁の形成を担っているサンゴ礁の劣化を引き起こし,国土の喪失につながる恐れがある.以上より,まずはラグーン内の汚濁物質がどのように輸送されるのかを明らかにするために,ラグーン内の長期的な流動場特性の解明を行うことが非常に重要である.朝原(2016) はラグーン内の長期的な流動場特性に関する検討を行ったが,用いたモデルは準3次元モデルであり,鉛直方向の流速については考慮していない.そこで本研究では,フナフチ環礁ラグーンを対象に3次元モデルを用いてラグーン内の流動構造と汚濁物質輸送過程の再現を試み,流動構造と物質輸送過程を解明することを目的とした.

研究手法


 フナフチ環礁ラグーン内の流動構造と物質輸送過程の再現には海洋数値モデルSUNTANSを用いた.本モデルはブシネスク近似したナビエ・ストークス方程式を解き,非構造格子を用いることで細かな地形追従が可能な海洋数値モデルである.典型的な流動構造を再現するために現地の風況を考慮し,風速5 m/s,北東・北西・南東の3パターンの風向きに加え,風応力なしの計4パターンの風況を海面の風応力として与えた.またすべての計算ケースにおいて潮汐M2周期の海面変動を振幅0.5 mとして計算領域の境界から与えた.さらにフォンガファレ島居住域からの汚濁物質を想定したパッシブトレーサーを用いて,モデル内での汚濁物質の輸送過程を20日間にわたって再現した.さらにラグーン内に残留している汚濁物質の割合の時系列変化を図2に示した.この3パターンの風向条件による計算より,南東から風を吹かせた場合に都市部から流出した汚濁物質は最も強くラグーン外に輸送されることがわかった.風速5 m/s,南東風の場合,20日間で61 %の汚濁物質がラグーン外へ流出した.一方,北西から風を吹かせた場合にはラグーン内に長時間汚濁物質が滞留し,風速5 m/sの場合には20日間経過時点で65%の汚濁物質がラグーン内に残留する結果となった

汚濁物質輸送過程の再現


 Video1~Video3はそれぞれ南東,北東,北西から風速5 m/sの風を吹かせた場合の,フォンガファレ島居住域から流出した汚濁物質濃度の鉛直積分値の1日おきの分布を示している.Video1~Video3より,同じ風速でも風向きによって汚濁物質の輸送過程は大きく異なっていることがわかった.特に北西から風を吹かせた場合に汚濁物質は北方向へと輸送されていることがわかる.これはフォンガファレ島沿岸部において鉛直循環流が発生したためである.


Video1. 汚濁物質の輸送過程(南東風)

Video2. 汚濁物質の輸送過程(北東風)

Video3. 汚濁物質の輸送過程(北西風)


Figure1.ラグーン内汚濁物質残留率の推移



運動エネルギーの比較

 

 次に潮汐と風応力のラグーン内における流動場への影響の大きさを比較するために,計算結果から20日間平均した運動エネルギーを求めた.さらに,潮汐のみを与えた場合と,風応力のみを与えた場合の運動エネルギーの比較を行った.Figure2には北東,北西,南東それぞれの風向きの風のみを外力として与えた場合の運動エネルギー(KEwind)と,それを潮汐のみを外力として与えた場合の運動エネルギー(KEtide)で除した値,つまり運動エネルギーの比率(KEwind/KEtide)を示した.全ての風向条件において基本的にラグーン内での運動エネルギーは風応力のみを外力として与えた場合の方が潮汐によって発生する運動エネルギーより大きいが,礁の切れ目周辺においては潮汐によって発生する運動エネルギーが大きくなることが分かった.これらの結果から,どの風向条件においてもラグーン内における物質の移流は風による影響を強く受けるが,礁の切れ目周辺においては潮汐による影響の方が大きいと考えられる.  

      Figure2.運動エネルギー(左) 運動エネルギーの比較(右)