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観測データを用いた熱帯低気圧の発生と高潮偏差の長期的変遷の解析 北沢大海

研究の背景と目的

IPCC第5次報告書によると,地球温暖化は人間活動が主な原因という可能性が極めて高いとされている.その影響として,平均気温の上昇,海水温の上昇,干ばつ,集中豪雨,台風やハリケーンといった異常気象の多発,および激化が確認されている. 気候変動や地球温暖化の影響として,沿岸域では浸水被害や海岸侵食などの被害を受ける可能性がある.沿岸域は低平な土地によって構成されており,海面上昇や高潮の影響を受けやすい.また,将来的な沿岸開発による資産価値の増加,人口の増加を考えると,沿岸域の気候変動や地球温暖化に対する脆弱性は今後も増加するものと考えられる. 熱帯低気圧(TC:Tropical Cyclone以下TCと呼称する)は沿岸域に影響を及ぼす大きな要因である.そのためTCの傾向を把握し,TCによる影響を考慮した適応策や緩和策を構想することが国際的に求められている. しかし,TCの将来予測は難しい.そのため過去のTCデータから発生数,強度の傾向や沿岸域への影響変化を調べることで沿岸域への対応策に繋がることが期待される.  本研究では,過去のTCデータを用いて統計的解析からTCの長期的変遷の把握を行い,併せて簡易的な計算による高潮偏差から沿岸域への影響傾向の把握を目的とした.

基盤データ

本研究で使用したTCデータは,アメリカ周辺海域は「NOAA(アメリカ海洋大気庁)」から1949年から2014年のデータを取得し,それ以外の海域では「JTWC(米軍合同台風センター)」から取得した1990年から2014年のデータを用いた.合計でTC3589個分のデータを取得した. 全球の平均的な傾向を求めたところ,経年的な傾向に大きな変化がなく,TCの特性を把握することが出来なかった.そのため,解析の対象領域として全球の海域を6つに分け,大西洋,北東太平洋,北西太平洋,北インド洋,南インド洋,オーストラリア周辺とした.南東太平洋においてもTCは発生するが,1970年から2010年においてTCが3個のみ発生と極端に少なく,傾向を求めるのにデータが不十分であるため対象の領域から除外した.6つの海域において,傾向把握をするために統計的解析を行った.

高潮偏差の計算

         

本研究の高潮偏差の計算では,吸い上げによる海面の上昇量と吹き寄せによる海面上昇量を足し合わせた簡易的な式を用いた.         

TCの統計的解析及び結果

(1) 発生数の変化傾向 取得したデータから各年のTC発生数を求めた.また,入手したデータの解析期間を上半期(1990~2001)と下半期(2002~2014)に分割し,上半期の年発生数の平均,下半期の年発生数の平均を求め,その差を求めた.  1949年から2014年までの発生数において,上半期年平均と下半期年平均の差が,北東太平洋は7.5 個/年と増加傾向になった.一方,大西洋は-0.3個/年と傾向に大きな変化はなかった. 1990年から2014年までの発生数において,上半期年平均と下半期年平均の差が,大西洋は2.9個/年と増加傾向となった.北インド洋は-0.1個/年,北東太平洋は0.7個/年と傾向に大きな変化はなかった.南インド洋は-1.1個/年,オーストラリアは-3.5個/年,北西太平洋は-6.8個/年と減少傾向になった. (2) 1/3最大風速の変化傾向  本研究ではTCの強度の経年変化を解析するために1/3最大風速を定義した.1/3最大風速とは,1年間で発生したTCを最大風速が大きい順に並べ,大きい方から1/3を平均したものである. 発生数と同様に,計算によって求めた各年の1/3最大風速を上半期,下半期の年平均を求め,その差を計算した. 1949から2014年の1/3最大風速において,上半期年平均と下半期年平均の差が,北東太平洋は19.4knot/年と増加傾向になった.大西洋は-0.8knot/年と傾向に大きな変化はなかった.  1990年から2014年の1/3最大風速において,上半期年平均と下半期年平均の差が,大西洋は2.2knot/年,南インド洋は9.9knot/年,オーストラリア周辺は2.3knot/年,北西太平洋は7.7knot/年と増加傾向となった.北インド洋は-7.63knot/年,北東太平洋は-8.1knot/年と減少傾向になった.  発生数と1/3最大風速の関係から,1949年から2014年において北東太平洋では,TCによる沿岸域への影響が大きくなる傾向があったことが分かった.また,大西洋ではTCによる影響の傾向に,変化がなかったことが分かった.

国別年最大高潮偏差の変化傾向

 1分のグリッドデータによる海岸線セルの年最大高潮偏差を用いて解析を行った.国別年最大高潮偏差とは,ある国の海岸線セルの中で一番大きい高潮偏差を1年の最大値とし,その統計的解析を行うものである.傾向を調べるために年最大高潮偏差を5年ごとに平均した.各海域で1国以上,さらにTC上陸数が多い国を計算の対象とした.  1949年から2014年における国別最大高潮偏差の計算結果から求めた年最大高潮偏差は,北東太平洋に属するアメリカ西部及び,大西洋に属するアメリカ東部では,年最大高潮偏差の傾向に変化がみられなかった.  本研究で対象とした国の半数以上において,1/3最大風速と年最大高潮偏差は同じ傾向を示した.また,南インド洋を除いた5つの海域で,1国以上1/3最大風速と年最大高潮偏差が同じ傾向を示した.このことから,TCの強度変化の影響を沿岸部が大きく受けていることが考えられる.  北西太平洋に接する日本では1/3最大風速と年最大高潮偏差が同じ傾向を示し,中国,ベトナムでは異なる傾向を示した.この結果は,中国やベトナムではTCの強度変化の影響を受けていないと考えられる.そのため北西太平洋ではTCの経路に大きな変化があったと推測できる.

結 論

本研究では,各海域におけるTCの与える影響について把握した.以下に主な結論を示す. ・各海域において,TCの発生頻度の変化,強度変化を把握することが出来た. ・国別年最大高潮偏差によって,陸地への影響を傾向評価することが出来た.今回対象とした国の多くが沿岸域において,TCの強度変化の影響を受けていることが分かった.